IPSA IDEA

本屋が結ぶもの

福岡市内から、電車で約1時間半。耳納(みのう)連山と呼ばれる山々の麓に、MINOU BOOKS & CAFEはある。
周囲の人を驚かせた全面ガラスばりのデザインは、古い白壁の町並みにカテゴライズされず“異物感”とも言うべき風を与えたかったから。
オーナーの石井勇氏が目指すのは“有機的な本屋”。
本屋と地域との良好なせめぎ合いが、気づきの連鎖を生み出す。

気づく_石井勇

街に根付く本屋を目指して

 福岡市内の書店兼カフェで働き始めたとき、本の担当ではなかった。チャンスは偶然巡ってきて、手を挙げたのが本に携わるきっかけだった。「アートブックや写真集を多く置いていたので、さまざまな本の作り、デザインはもちろん、出版方法も知ることができました。特に個人出版の作品も取り扱えたのが大きかった。選びの自由がありました」と、石井勇氏は述べる。

 自分で店を開きたいという思いは、漠然とやってきた。「リサーチのためにアメリカに行きました。街中で見た本屋はどこも独立型で、個性的で、文化として街に根付いていた。まるで、100年前からそこにあったように」。都会ではなく田舎で始めようと思ったのは、そんなアメリカの本屋にインスパイアされたからだ。「福岡市内でも、5年経てば街の様子は変わる。あらためて地元を見てみたら変わっていないことに感動して、ここなら長く続けられると思ったんです」。

棚とのコミュニケーション

「お客さんを見ただけで本を勧めるのは難しい。ファッションは外に出ているものですが、こと本に関すると姿から得られる情報は少ないですから。無理に勧めるよりも棚とコミュニケーションをとって欲しいと思っています」。隣に何を並べるか、“刺さる棚”かどうかに徹底的にこだわる。ジャンルを示すサインはどこにもない。構成は緩やかに、食、身体、暮らし、山、自然、科学、民族、歴史、文学へと連なる。「例えばレシピ本の横に食の歴史、料理の科学を並べたり、物ごとの奥行きが分かるような棚を意識しています。だから作家では区切れない。食べること、料理をすることと、素材や歴史、思想や哲学はつながっていることに気づいて欲しいから」。

「こんな場所だからこそ、ないといけないだろうと思う」陶器や温泉の本も並べる。窯元や温泉地にも恵まれた地域なのだからと。アートブックや写真集に関しては「アートからしか得られないものがある。興味があるなしに関わらず、見れる場所は必要な気がします。眺めて何かに気づいたり、何かを始めたいと思ったり。小さなきっかけになれば」と語る。本は、潜在意識の中にあるどこかの琴線に触れるスパイスになり得ると信じる。
 好きなこと、読んでいる本について話したり、何度か来店して購入された本から自然と掴めてくるものもある。「新刊をチェックしているときに、誰かの顔がちらつく。実際にそれを選んでもらえたときは良かったなと思います」。

お客さんを“読む”

「暮らしている人が本当に望んでいるもの」を常に観察する。「都会と田舎では気候も風土も違う。採れるものも異なります。地元の暮らしを考えながら、提案したい本を選んでいきました。田畑に囲まれた場所なので、農業の棚を作ったり」。オープンから約1年半、お客さんとの対話を通して、気づくことは多い。「対象は描いていましたが、リアルな像や生の意見に触れて、高齢者向けの本、子供向けの本、雑草や薬草の本を置くようになりました」。子ども向けの本は倍以上に増やした。本屋は、土地の人の暮らしにいい意味で左右されるのだとも知った。新しい何かを知って欲しいという一方通行の思いだけではなく、バランスも大切だと痛感している。提案するものと、求められているものと。今はまだ「自分が押している感じ」。将来は、お客さんとうまく均衡のとれた本屋になれたらと願う。

 また、「変化しないことはネガティブな面でもある。変わらないけれど、地域を循環させる役割を担いたかった」と語る。店の形態はすべてそのためのもの。作り手の顔が見える雑貨を揃え、マフィンの材料も地元の食材を使用する。カフェを併設したのは、本屋だけだと派生しないコミュニケーションに懸けたから。そこには、お客さんを知りたいという強い思いと、「価値観は変えなくてもいい、でも新しい世界に触れて更新していくものだ」というメッセージがある。

自然の美しさは無理がない

 夜、あたりは真っ暗になる。「明るいから、今日は満月だと気づく」。そんな場所だから、自然は圧倒的に美しい。
「美しいという言葉はなかなか日常では口にしないのですが、純粋にきれいだなと思います。自然が循環する営みには、内なるエネルギーを感じます。新緑、田植え、収穫、夕日、月…。最近は麦が収穫されましたが、野焼きのけむりさえ美しいと思えます」。

 すべてはつながって循環している。日常にあるものは当たり前過ぎて簡単に見過ごしてしまうけれど、本は、思ってもみなかった要素までも発見する驚きや、思考の広がりをもたらしてくれるもの。その力と、この本屋の意味を考え続ける。気づき合い、有機的につながり合うことで何かができるのではないかと。内なる美しさを見つめる目は、地域の未来を見つめている。

石井氏おすすめの5冊

一汁一菜でよいという提案 土井善晴(食) グラフィック社

「忙しく働いている女性でも、無理なく自炊をしてみようと思うきっかけになればと思い選びました。ご飯と具沢山のお味噌汁、それからお漬けもので十分。毎日自分で食材をそろえて食事を作ることの意味が、丁寧に書かれています」。

悲しみの秘義 若松英輔(エッセイ) ナナロク社

「あらためて悲しみについて考えて欲しい。誰もが感じたことのある“悲しい”という身近な感情の広さや深さが、さまざまな作家や随筆家、哲学者の本の引用を交えて書かれていてとても深く理解できます。悲しみの意味を知ることで、自分の内面を見つめる勇気が湧いてきます」。

きょうはそらにまるいつき 荒井良二(絵本) 偕成社

「一人の時間を楽しむ夜に、ゆっくり読むのがおすすめ。それぞれの人が、それぞれのシチュエーションで空の月を見ているのですが、それぞれの生活や月の表情に、今日もいい一日だったと思えるはず。ささやかなよろこびを、とても愛おしく感じます」。

あの人の宝物 大平一枝(エッセイ) 誠文堂新光社

「さまざまな年代の、さまざまな職業の人たちの宝物と、それにまつわる物語。自分にとっての宝物を考えたくなるし、これまでを見つめ直し、これからを考えるヒントにもなります。宝物に対するスタンスが世代によって異なるのも面白い」。

ONE DAY 濱田英明(写真) freestitch

「とにかく写真がやさしくてあたたかい。でもそれだけでなく、犬との関係、家族のあり方をあらためて見つめたくなる一冊です。犬は家族であり、体の一部のようなものだとも感じます」。

プロフィール

石井勇

café & books bibliothequeにて書籍、 雑貨のバイヤーを勤める傍ら、福岡のデザインイベント「デザイニング展」の運営メンバー、 インディペンデント音楽レーベル「wood/water records」の運営、福岡市内の“まちの写真屋”「ALBUS」など文化周辺での活動を経て、 2016年9月に耳納連山の麓、故郷でもあるうきは市吉井町にて本屋とカフェ、 地域の品々を取り扱うお店「MINOU BOOKS & CAFE」をオープン。衣食住といった生活周りの本からアートブックまで、「暮らしの本屋」をテーマに、いつもの日常に彩りを加えるような本をセレクトしている。