小さな世界を見つめて
透き通った水滴の中に映し出される花々。
アリときらめく水滴との共演。
写真家、浅井美紀氏は、自然の中にある
小さなものにフォーカスし、独自の世界観を
作り上げてきた。
細部に行き渡る丁寧さや、
やさしい視線に包まれて身近にある奇跡が
投影された作品は、
静謐(せいひつ)であり
ながら生命のエネルギーを宿して、
観るものを特別な世界へ連れていく。
ミリの世界_浅井美紀
- 肉眼では見えないものを
-
肉眼では見えないものを
「写真を見るのが好きで、子供のころからずっと眺めてきました」。アルバム、旅行雑誌、世界中の風景など、あらゆるジャンルの写真に興味を持って見てきた浅井美紀氏。「インターネットが普及してからは、チョウチョのクローズアップ写真を見つけてよく見ていました。最初に見たチョウチョの羽根が美しいグラデーションになっていたのです。その色の諧調(かいちょう)に惹かれたのだと思います」。そこから、自分もその羽根の詳細を写してみたいと思うようになった。そのためには、専用のレンズが必要だということも知る。母子家庭で子育てをしている間は余裕がなかったが、子供の独立をきっかけに一眼レフカメラを、続いてマクロレンズを購入する。そして撮影の方法を調べながら、自己流で技術を学んでいく。
あるとき、自宅の庭で花を撮影していて見つけたマクロレンズの向こう側の朝露に、ふるえるほどの感動を覚える。「肉眼では見えない、普段はきっと通り過ぎてしまうものですが、まるで宝石のようにキラキラと輝いていました」。立ち止まって、じっと目を向けてみないとその美しさに気づくことはできない。たとえばアリも、じっくり観察する機会は少ないし、その姿がクローズアップされることもない。しかし、「小さなものたちが逆光に照らされて、生き生きと、美しく、大きく見える。その瞬間がたまらなく好きなんです」。
小さな存在に気づき、注視し、いとおしむ。その視点のやさしさ、純粋さとともに、長い間秘めてきた写真への情熱は一気に開花する。
- 光と水滴が交差する瞬間
-
光と水滴が交差する瞬間
作品を撮る状況は、光に大きく左右されるのだという。朝は斜めからの光。昼間は上から降り注ぐ光。「特に朝、逆光の中に、映像がスパークするような瞬間を体験することがあります。言葉で言い表すのはとても難しいのですが」。石のように身を潜めていた水滴が、光に照らされてダイヤモンドのような輝きを放つ。その一瞬のために、「水滴の撮影をやめることができない」のだ。
- 1ミリ、2ミリを際立たせる
-
1ミリ、2ミリを際立たせる
カメラはプロ用の本格的なものではないが、小さな世界を撮るためのマクロレンズは欠かせない。「マクロレンズはブレやすいので、三脚を使ってカメラを固定していてもわずかな風や息に影響されます。微妙なブレをシャットダウンするために集中することも必要です」。今までに要した最長撮影時間は6時間。その中でも、1ミリ、2ミリの被写体を浮き上がらせるために、周りに目立つもの、余分なものを省くということにも心を配る。
長く写真を見てきた中で培われてきた観察力や感性は、小さな生き物にも注がれる。「アリって、一匹一匹表情が違うんです。目の形にも個性があるし、ときには二重のアリもいたりします。性格も、臆病だったり、積極的だったり。アリおたくと言われそうなんですが、とてもかわいいんです」。虫は苦手だといいながら、小さな生命を見つめるまなざしはどこまでもあたたかい。
- “あるがまま”の美しさ
-
“あるがまま”の美しさ
彼女が求め続けるのは、自然の中に、ひそやかに、しかし確実に息づく美しさ。
「私にとって美しさとは、自然のもの、でしょうか。自然に勝るものはないように思います。人も、素顔が一番美しい。そして気持ちや心も、自然であることが美しさにつながると思います。写真は色を変えたり、加工したりと、言ってみればどうとでもできるもの。でも、手を加えずに、あるがままの姿を見せていきたいのです」。作品も、生き方も、飾らずに、あるがままであること。彼女の持つナチュラルな雰囲気は、その姿勢から表れているように思える。
これから目指すものは?と尋ねると、「人生で、心から好きなもの、夢中になれるものに出会えた私は幸運です。この気持ちをこれからも継続していきたい」と答えた。何十年も見つめてきた写真を自身で撮ることになったこの5年は、彼女にとって「とてもうれしい、かけがえのない」年月になった。数時間に及ぶ撮影でも続けられる強い想いの源は、心を向けなければ通り過ぎてしまうような世界に美しさがあふれていると知っているから。その輝きが、彼女をまた、小さな世界へと向かわせる。情熱は尽きることがない。 - プロフィール
-
プロフィール
浅井美紀
北海道帯広市生まれ。幼い頃から写真鑑賞に興味を持ち、2012年5月より一眼レフカメラの購入をきっかけに、写真投稿サイト「500px」で自身の写真を投稿。マクロレンズを通して撮影された神秘的な作品は、イギリスのカメラ雑誌等で取り上げられ、その後日本でもさまざまなメディアで紹介される。2015年2月には、初の写真集『幸せのしずく World of Water Drops』(扶桑社)を刊行。現在も会社員として働きながら、仕事を終えた後や休日にカメラを手にし、肉眼では見えにくい小さく輝く世界を撮り続けている。